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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)137号 判決 1993年1月25日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

第一  請求

被告らは、小金井市に対し、各自金三億五〇〇〇万円及びこれに対する被告大久保愼七につき平成四年八月二三日から、被告日本信託銀行株式会社につき同月二五日から、各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  小金井市は、武蔵小金井駅南口地区につき、公共施設等の再配置のため都市計画として地区計画を定め、右地区について地区整備計画を定めるとともに、その計画区域内にある他人所有の敷地上に市庁舎を設置することとしたが、その地区整備計画における建築物等の用途の制限については、右地区には官公庁施設以外は建築してはならないとの内容で東京都知事の承認を経た。右土地所有者は、これを銀行に信託し、銀行は、小金井市との間において、銀行が右土地上に市庁舎用の建物を建築し、これを市に賃貸するとの内容の建物賃貸借予約契約を締結し、予約保証金として市から三億五〇〇〇万円の支払いを受けた。

本件は、小金井市の住民が、右整備計画によれば、右土地上には、市庁舎しか建設できないが、市庁舎は、市しか建設できず、銀行は事務所しか建設できないから、右契約の締結は、地区整備計画に違反する建物を対象とするものであつて違法であり、市長である被告個人は、右違法行為により右予約保証金と同額の損害を市に与えたからその賠償をする義務があり、右銀行である他の被告は、右違法な契約の締結により市から右同額を受け取つているから、その原状を回復する義務又は不法行為による損害の賠償義務があるとして、市に代位して、被告らに対し、それぞれ右同額の市への支払いを住民訴訟として求めるものである。

二  地区計画に関する法制

1  都市計画には、当該計画区域について、必要な地区計画を定めることができ(都市計画法一二条の四第一項)、地区計画は、建築物の建築形態、公共施設その他の施設の配置等からみて、一体としてそれぞれの区域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備し、及び保全するための計画とし(同法一二条の五第一項)、その地区計画の種類、名称、位置、区域等のほか、主として街区内の住居者等の利用に供される道路、公園等の施設(地区施設)及び建築物その他の工作物の整備並びに土地の利用に関する計画(地区整備計画)を都市計画に定めるものとされている(同法一二条の四第二項、一二条の五第二項)。

2  地区整備計画においては、地区施設の配置及び規模、建築物等の用途の制限等のうち、地区計画の目的を達成するために必要な事項を定めるものとされている(同法一二条の五第三項)。

3  市町村が地区計画について都市計画決定を行うについては、道路で幅員六メートル以上のものの配置及び規模、建築物等の用途の制限等については、都道府県知事の承認を受けなければならないものとされている(同法一九条一項・二項、都市計画法施行令一四条の二)。

三  争いのない事実

1  原告らはいずれも小金井市の住民である。

2  被告日本信託銀行株式会社(以下「被告日本信託」という。)は、平成二年七月一一日別紙土地目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有権を信託を原因として取得した。

3  本件土地は、小金井市が決定した地区計画(以下「本件地区計画」という。)の区域内の土地であるが、その地区整備計画には、建築物の用途の制限として「官公庁施設以外は建築してはならない」との制限があり(以下「本件建築制限」という。)、これについて東京都知事による承認がなされている。

4  小金井市長である被告大久保愼七(以下「被告大久保」という。)は、小金井市を代表し、被告日本信託が本件土地上に建築予定の別紙建物目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を市庁舎として利用することを目的として、平成四年七月一七日右建物につき賃貸借予約契約を締結し(以下「本件賃貸借予約」という。)、同月二三日被告日本信託はその予約保証金として三億五〇〇〇万円(以下「本件保証金」という。)の支払を受けた。

5  被告日本信託による当初の本件建物の主要用途は「事務所(公共施設)」とされており、建築確認申請はそれに基づいてなされたが、確認通知の段階では、確認申請書及び確認通知書の本件建物の主要用途欄の記載はいずれも「市庁舎」と変更された。

四  争点及びこれについての当事者の主張

1  原告が本件建築制限との関係で本件建物に存すると主張する違法事由は、本件賃貸借予約又はこれに基づく本件保証金の支出を違法とするか。

(被告日本信託の主張)

契約に基づく公金の支出が違法となるためには、その契約に重大明白な違法のあることが必要である。仮に本件建物の建築に原告主張の違法があつても、それは重大明白な違法とはいえないから、本件保証金の支出は違法とはいえない。

(原告らの主張)

本件建物の建築は都市計画法に違反するものであるから、その建物を対象とする本件賃貸借予約は違法となり、その予約に定められた本件保証金支払いの約定も違法となる。したがつて、その約定に基づく本件保証金の支払いは違法である。

2  被告日本信託による本件建物の建築が本件建築制度に違反するか。本件建物の建築が右制限に反するとされる場合、被告らに責任はあるか。

(原告らの主張)

(一) 本件建築制限によれば、本件地区計画の区域内の土地に建築される建物は、その完成時において直ちに官公庁施設となつていなければならないが、建築時において官公庁施設であるといい得るためには、市が建築主でなければならない。これは、官公庁施設の建設等に関する法律(昭和二六年法律第一八一号)において、官公庁施設とは地方公共団体の建築物をいうと規定されていることから明らかである。賃借によつてはじめて官公庁施設になる建物は、建築の時点では官公庁施設ではなく単に事務所であるから、その建築は右制限に反する。

都市計画における建築制限は土地利用の規制を目的とするものであり、建物の用途の規制に止まるものではない。建築物は一定の用途を目的として建築されるものであり、建物を建築した後にその用途が決定されるということはあり得ない。本件建築制限は、建築基準法上の用途地域内の建築制限と同様であり、官公庁施設という建築物以外の建築物を建築することは何人にも禁止されているのである。

(二) 被告らは、本件建築制限が存在し、本件土地に被告日本信託が本件建物を建築するのが違法であることを知つていたものであり、知らなかつたとしてもそれに重大な過失があるものである。

(被告らの主張)

(一) 本件建築制限は、建築物の用途を制限したものに過ぎず、建築主を制限したものではないから、本件建物の建築は都市計画法に反しない(被告両名)。

また、本件建物については、平成四年七月一五日に建築確認がなされているから、本件建物の建築の適法性は右処分の公定力によつて担保されているし、本件保証金の支出については市議会の承認を得ている(被告大久保)。

仮に、本件建築制限の趣旨を原告主張のように解すると、市が本件地区計画の区域内に適当な敷地を所有しない場合には市庁舎を建築することができず、本件地区計画の目的を達成することが困難となるおそれがあるほか、その区域内に土地を所有する者にとつては、自己の土地上に建物を建築する権利を奪われることとなり、極めて不合理な結果となる(被告日本信託)。

なお、仮に本件賃貸借予約が違法であつたとしても、小金井市は被告日本信託に対して本件保証金と同額の不当利得返還請求権を有するから、小金井市に損害は生じていない(被告日本信託)。

(二) 被告日本信託は、本件建築制限の設定について関与しておらず、また、本件建物の建築については、市議会の審議等、透明な手続を通じて行われてきたところ、市当局、市議会、東京都及び建築主事から本件建物が違法であるとの説明は一切なかつたのだから、被告日本信託には本件建物の建築が違法であるとの認識がなく、それについて過失はなかつた(被告日本信託)。

第三  争点1に対する判断

原告は、被告日本信託による本件建物の建築が都市計画法に基づく本件地区計画に反する違法なものであると主張する。

しかし、本件賃貸借予約は、これから建築される予定である建物の賃貸借の予約であるに過ぎない。仮に法規制に違反して建築された建物であつても、それが建築され、現に存在する限り、これを使用することはできるから、これを賃借することも当然可能である。賃借することが可能な建物について賃貸借の予約契約を締結すること自体には、財務会計上何ら違法の点はない。

もつとも、右の建物が、建築基準法等の法令に違反し、全く建築できるものではないことが明らかであるのに、将来これを賃借する契約を締結したというような場合においては、その担当者について、そのような契約を締結することは、およそ合理性を欠くような財務管理をしてはならないという地方財務運営上の一般的な準則に違反するものとして、あるいは違法と評価されることもあり得よう。

しかしながら、本件建物の建築について、既に建築確認を経ていることは、当事者間に争いのないところであるから、その建築ができないことがおよそ明らかであるとはいえない。そうすると、右のような見地からしても、本件賃貸借予約の締結にそれが本件建物を対象としていることに関して違法があるとはいえないこととなる。

そうすると、本件賃貸借予約は、原告が主張するような事由によつては、およそ違法となることはないこととなるから、右契約が違法であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 栄 晴彦 裁判官 喜多村勝徳)

《当事者》

原告 利根川 信<ほか二名>

原告ら訴訟代理人弁護士 満園勝美 同 満園武尚 同 塚田裕二

被告 大久保愼七

右訴訟代理人弁護士 遠藤哲嗣

被告 日本信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 馬場正明

右訴訟代理人弁護士 笠原俊也

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